Moon Code ムーンコード 文鮮明師の語るみ言は成約時代の聖書であり暗号だった!

UCが大動揺を経験する様になる!という根拠

UCが大動揺を経験する様になる!という根拠

「大動揺」の意味が分かれば「大動揺」ではなくなる


このページはかなりの長文となります。


それでまず初めに、下記の図をしばらく見て頂き出来るだけ頭に入れて下さい。


その上で一読下さい。


文先生がみ言葉で云う「大動揺」を理解する上でとても重要なイメージを表した図です。


● 図-1 UCの中に聖書史は再現展開されている!


UCは歴史が再現展開されたもの


それでは、早速、文先生が云う「大動揺」について確認して参りましょう。


まずは、下記のみ言葉を一読下さい。


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牧会者の道 P1095. 第6章 霊的役事と摂理的主要行事 2 先生の聖婚式


1960年度から40年間、2000年までそうであろうに、なぜ大動揺が起こるのかというのです。それは清算をする期間です。P1096 こうしてお母様を選んだ後、統一教会に女性の時代が来たのです。女性時代は艱難時代です。


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このみ言によれば、『1960年度から40年間、2000年までそうであろうに、なぜ大動揺が起こるのかというのです。それは清算をする期間です。』とあります。


そして、さらには『こうしてお母様を選んだ後、統一教会に女性の時代が来たのです。女性時代は艱難時代です。』と続きます。


このみ言ではまず、期間がしっかり明記されています。『1960年度から40年間、2000年まで』とある通りです。


ちなみに、以下のみ言は『2000年までの40年路程』の意味について語られた代表的なものといえましょう。


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ファミリー1999/2 P14「神の日」


4000年歴史を蕩減するための生涯を中心として、一代において40年期間という最短期間を中心として、蕩減すべき道を再び出発しなければならないその立場は、あまりにも悲しい立場であるということを、この地上の誰も知らないのです。


・・・天の祝福基準を失ってしまい、再びこれを復帰して帰っていくためには、歴史的な4000年の摂理歴史の中でなされた全ての事件が、御父母様を中心としてサタンによって再び試験されるという過程を経なければなりません。


そうして、そこにおいて倒れることなく今まで来たという事実は、天が私を保護されるためにどれほど苦労されたかということなのです。そのような事実を、皆さんは知らなければなりません。


このことを考えるときに、苦労された神様の歴史を振り返って見詰めるとき、これは悲痛であり、無念であり、痛哭の歴史以外の何ものでもないという事実を皆さんは知らなければなりません。


ファミリー95/1 P10 第35回 真の万物の日


キリスト教の歴史は新婦圏復帰の歴史です。連合国とはキリスト教文化圏を中心とした世界です。新婦圏の世界が先生に反対したので、ヤコブ家庭から始まった4000年歴史を400年に蕩減しなければなりません。


しかし、先生は400年は生きられないので、40年の一代期間にしなければなりません。4000年歴史を40年に蕩減復帰するのです。


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神様と文先生は間違いなく2000年までの40年期間に何をどのように起こすのかを計画し設定してそれを実行してこられたのです。これが、我々が「神様と文先生は本当に恐るべきお方だ・・・」という所以なのです。


さて、肝心のみ言には『大動揺が起こる』とあります。小さな動揺ではないようです。『大動揺』の様です。そして、問題はこの『大動揺』がいつ頃起こるのかという事です。皆様は40年期間中のいつ頃に起きる(あるいはいつ頃起きた)と思いますか?


始めの頃ですか?中間でしょうか?それとも終盤でしょうか?この問いには皆様も容易に答えられるのではないでしょうか。そうです、これは終盤です。


これは1991年以降であり、厳密には1994年以降からです。ここでは結論だけ申し上げておきます。何故そう言えるのかという問いについてはいずれその根拠を説明させて頂きます。


さて、次には、『大動揺』が起こる目的について語られています。


この文脈の結びの部分です。『それは清算をする期間です』というところです。これは文章の脈略から2000年までの40年期間に起こる大動揺について、その目的について説明されているものと思われます。


『大動揺』が起こる目的は『清算』をする為なのです。『大動揺』が起こるということがなければ『清算』が出来ないのです。つまり『大動揺』が起こった状況こそが歴史を『再現』させた瞬間なのであり、その『大動揺』という歴史の『再現』がなければ歴史を『清算』出来ないという訳なのです。


このプロセスが意外に理解できていない、というのが私達の全般的なUC信徒皆様に対する見方です。


では、この大動揺を起こすオーナーは一体誰なのでしょうか?この大動揺のオーナー、つまり主人は誰なのでしょうか?もうお分かりの事と思います。これはもう議論の余地はありません。


摂理史のオーナーは神様であり、地上の神様の立場に立っておられる文先生であります。「歴史を無理矢理にでも一代で再現し清算し完全にゼロに戻し綺麗な平地に慣らしたい」という思いの主人は他ならぬ神様と文先生であります。


ところで、今までの解けてない盲目的な信仰や主義は、来るべき日までには、火(み言=本当の真理=本当の創造原理の喩え)によって焼かれなければなりません。


以下にご紹介致しますみ言は『患難のなか忠節の心情を持った真の息子と娘』というみ言です。


これは2011年末にかけて、あるいは2012年の初頭あたりまで、『3男 VS 4男・7男』という状況が表面化し世界レベルで大動揺が起きた当時、教会内部のローカルでも、あるいはネット上のオンラインでも流布されていました。


皆様の周辺でも御承知の方は結構多いのではないかと思います。


『なんと!・・・文先生は、既に1961年に今日に起こる事象を予言されていたのだ!』というような論調でこのみ言を引用し、今の時に相応しい、UC信徒皆様の信仰姿勢の是非について喚起する為に引用されていました。


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● 患難のなか忠節の心情を持った真の息子と娘
▼ 1961年2月12日『文鮮明先生み言選集第十一巻』


〈 途中割愛 〉


では、神様はなぜそのような世の中をつくっておかなければならないのでしょうか。それは真の神様、歴史的に苦労した神様と同参したという価値を与えるためです。


神様は6000年間数多くの惨状を見てきましたし、数多くの曲折を受けられたので、終わりの日においては、主義とか、信仰ということをもって中心を立てることのできない環境にぶつかるようにするのです。


〈 途中割愛 〉


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「神様はなぜそのような世の中をつくっておかなければならないのでしょうか」とあることに注目して下さい。私達が主張しているのは「文先生は敢えて聖書史を再現されている!」という観点です。


そして更に「終わりの日においては、主義とか、信仰ということをもって中心を立てることのできない環境にぶつかるようにするのです。」とある所が肝心なところです。


さて、主義や信仰では駄目だという観点が大変重要です。「主義や信仰」とは違う何かでしか立ち行かなくなるという事です。それこそが「本当の創造原理を探し出しその原理に立つ事」なのです。


それなりの、あるいは適当な「主義や信仰」に頼る事と「本当の創造原理を探し出しその原理に立つ事」これは、全く次元が違います。


実のところは、信仰(宗教)を正しく履修し、正しく卒業し、正しく原理圏に立つ事こそが、何度も何度も完全否定を受けるということの現実であり、死亡圏を越え、堕落圏を突破すると言う事の本当の意味(文先生のみ言が解けてみるとという意味)なのです。


文先生が云う「絶対信仰、絶対愛、絶対服従、重生、復活、永世、あるいは蕩減革命、良心革命、心情革命、そして何よりも完全否定、完全自己否定等々…。」


これらは皆、人間の成長期間(1歳~120歳までの人生全般)に厳密厳格に設定されている創造原理的な各節目(原理的数理的期間)を如何に越えて行くべきかという内容を説明する為に用いられた喩え(暗示)に他ありません。


それは一言で言って、宗教的表現で言えば「死なんとする者は生きる!」、創造原理的な表現で言えば「自分を完全になくして完全投入すべし!1オンスも残さずに投入すべし!」ということであります。


私達は、どちらの表現だとしても、自分の限界を乗り越え、段階的な自己中心を克服して行くと言う意味において“ 同じ原理 ”だと言いたいのです。


とどのつまりは、個人、家庭、宗族、民族、国家、世界、天宙、神、これら人間の成長期間の各段階に割り当てられている自己中心を克服してゆく意外に、人生を克服し成功させ、満喫(勝利)する事は出来ないという事であります。


私達からすれば、そうであるからこそ起きる、全くもっての " ボタンの掛け違い " による曲解と誤認が生じていると言わざるを得ないのです。


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祝福66号 P172 七七七双聖酒式後の御言


先生の話す話は、聖書によると皆こうなっています。・・・今、統一教会がそこまで完成して、勝利した基準があるから教えるのです。・・それは暗示や比喩をもってなす。表示や合図をもって教えるのです。それは真理を愛する子女関係を結べばわかるのです。


牧会者の道 第六章 霊的役事と霊界協助 P1034


第3イスラエル建設路程の出発に臨んでいる皆さん! 皆さんはどのようにしなければならないのですか?霊界の法度を知ってこそ抜け出せるのです。その使命系統がどうなっているのか知らなければなりません。その国の軍隊は味方の軍隊で使っている暗号を知ってこそ、戦争をするときに味方から攻撃されません。この時は天の国の暗号が聞こえる時代です。今は暗号通信時代です。


ファミリー2001年6月号 14ページ


適当にはできません。公式によって解いていかなければなりません。数学を解いていくように解いていかなければならないのです。わかりますか?「はい。」


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文先生のみ言の比喩や喩えや暗示が解けて本当のところの一部でも知ってみると、一般的UCの(分派圏も含む)信仰を保っていらっしゃる食口の皆様は、実のところは、大概、逆さまなのです。


例えば、これは極端な例ですが、一般の食口の誰かを訪ねて「実は、宗教こそがカインで科学こそがアベルだったみたいよ!・・・」と話しかけてみて下さい。その前提で次のみ言を紹介して上げて下さい。


感性の良い食口であれば全く違った境地を経験されるのではないかと思います。


これも、晩年の文先生が語り出した「新堕落論???」を知る事で経験する「大動揺」を思えば、たいした事とは言えませんが、それでも、「小動揺」を経験するには十分すぎるほどのインパクトがあるみ言ではないかと思います。


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● 統一教会 P9 1963・5・22 ソウル・前本部教会


一番収集するのが難しい人は宗教者です。摂理やその道を信じる宗教者たちです。・・・


● 2008年4月6日、第四十九回「真の父母の日」の記念式典のみ言


「エデンの園に宗教はありませんでした。国はありませんでした。ですから、宗教を片付けてしまうのです。この宗教が、カイン・アベルで血を流すようにしたのであり、そこに相対する立場のつまらない文化に乗って世界を支配しようとしました。それは違います。(本来は)文化は、正午定着し、昼の時間になって影が無くならなければならないのですが、歴史と共に正午定着していない文化が広がり、その文化にそのまま乗って自分の所有権を継続しようとしたので、統一教会がここに引っ掛かっています。


● KNSネットニュース 2008・1 第25回「愛勝日」


今日、統一協会の信徒たちが、宗教圏の垣根を抜け出られず、それに覆われながら生きてきた習慣的なすべてのことを、どのように清算するのか、という重要な起点に今、来ています。私たちの語っていることは、事実か、そうでなければ謎のような言葉です。事実だというならば、皆さんは、アダムとエバが堕落する前に見ることができ、推し量り得る自分自身となっていますか。


● ファミリー 2003・3 P14 「神様の真の愛と天地人の関係の回復」

長い歴史の中で、人間は、宗教生活を卒業しなければならないという、この尊い真理を明らかにした人は、いませんでした。早くから神様のみ旨を知った私は、教派や宗教を創設しようとはしませんでした。神様の摂理の中心宗教であるキリスト教が、私の教えである天道を受け入れなかったことによって、私が初めてつくった組織が、「世界基督教統一神霊協会」 でした。


・・世の中が、私たちの長い公式名称に代わって 「統一教会」と呼ぶことによって、「統一教会」 になってしまったのです。しかし、私は数十年前から、私たちの教会の看板を下ろす日を望みながら、その事実を予告してきました。1996年に教会の看板を下ろし「世界平和統一家庭連合」として出しました。これは、人類史における重大事件です。


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これらのみ言によれば、宗教圏を越えられずにいる統一教会(分派圏に属する食口も含む)の信徒が如何に悲惨な状態にあるかという事が窺い知れます。


さて、ここで冒頭で見ていただいたイメージ図と、その図の意味を別の視点から示唆したみ言葉を続けてご覧いただきましょう。


そうすることで、ここまで述べてきた内容が新たな認識として一味もふた味も違ったものとしてご理解頂けるのではないかと、期待しています。


● 図-2 UCの中に聖書史は再現展開されている!


UCは歴史が再現展開されたもの

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第20回 「7・1節」 および 「第14回 「7・8節」 の御言 (後編)」
2010年天暦7月7日(陽暦8月16日) 韓国・天正宮博物館

これが終わった後には、第一、第二、第三イスラエルが昇華式を・・・。昇華の祝祭でもって伝道し、統一教会の信者になれば、家庭盟誓だけ守ることができれば、皆うちの食口になります。そのように知って、熱心に家庭盟誓を中心として解説しながら、熱心に自分の親族伝道をすることです。


天基1月22日ラスベガス天和宮訓読会のみ言(2012年2月13日)

宗教界武道を結ぶ思想的結合体」とはなんぞや?それは腕力とか銃とかではない。それは女でも男でもない。動物でもない。わたしには食べる事も飲む事も忘れて打ち込んできた夢がある。それは常に私とともにあり、私に刺激を与え続けてきてくれたので、そうする事が出来ていたと思われる。」

「これから、我々はどこに向かっていくのだろう。キリスト教と、統一教会の文化領域がある。それは旧約、新約聖書と、成約聖書である。これからは、旧約も新約も、成約聖書もなくなる。それらはどこに定着し、継続するのだろうか?私は''それは韓国であり、韓国人達であると'と気がついた。」


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果たして、文先生が歴史をかけてUCを動員し、何を完成・完結・完了したというのか。または、しようとしておられるのでしょうか?


文先生は、歴史を再現しなければならなかった様です。それは、主にユダヤ史とキリスト教史とイスラム史です。つまり、聖書史の再現です。


その目的は、選民氏を司る中心宗教の清算にあったようです。


選民史を司る中心宗教を造り、絶対的信仰を要求しつつ、それでいてその中心宗教を克服させよう!という事は一体どういうことなのでしょうか?


果たしてUC信徒に、いかなることをそのプロセスとして経験させようというのでしょうか?


また、仮にその任務をUC信徒が果たした時、一般の世にどのような事象が恩恵として現れるというのでしょうか?


文先生はUCに原理講論の堕落論を与え、その原理講論的堕落観念を徹底して植え付け、蕩減復帰原理(堕落の動機と経路とは逆に行かねばならない)と言ってその摂理的み旨に総動員しました。


我々はその蕩減復帰原理による摂理を嬉々として受け入れ熱心に信じて活動に明け暮れてきたのです。


文先生は晩年には、その堕落論をひっくり返すような「新堕落論?」を提示して逝ってしまいました。


従来の堕落論をひっくり返すということは、一体何を意味するのでしょうか?


この「新堕落論?」。


これは、聖書史(再現展開されたUC)を清算するために、終わりの日に(文先生の晩年に)敢えて投下されたものなのです。


これは、「基元節」を境にUCを歴史の供え物として(人類全体を生かす為に)本格的な清算に導く導火線の役割を果たすものだと思います。




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