Moon Code ムーンコード 文鮮明師の語るみ言は成約時代の聖書であり暗号だった!

最後に、ムーンコードに関心を抱いたあなたに!

最後に、ムーンコードに関心を抱いたあなたに!

UC草創期と【 基元節 】・・・まさに摂理の妙!


文先生は、天暦2月19日(2012.3.11)に凄いみ言葉を語られました。


なんと、今、我々が話題にしているD-Day【 基元節 】の日付を、5,60年前に話しているというものです。


文先生の語る言葉は幾重にも重ねられた次元を畳み込んで(3次元以上、5次元~10次元を掴んで)話しておられます。


私達はこれを【 畳み込みの原理 】と呼んでことの他、貴重視しています。


ムーンコードを読み解くにあたってとても頻繁に使う貴重なメソッドなのです。


森羅万象がフラクタルに存在するわけですから、これは創造原理の一側面として当たり前と言えばあたり前なのですが、文先生もその創造の原理に沿ってお話をされているのです。


ですから、過去は今であり今は未来という様に重ねて捉えるという観点からして5,60年前の話が今日の日付けというのは、実は、驚くべき話というより「原理がそうなっているので・・・」と言った方が良いですね。


そういう原理、メカニズムを知らない立場からみれば、えっ~!と驚く!のであって、学んでいれば、前もって知っていれば当然の理として受け止められる内容に違いないのです。


さて、うんちくはこのくらいにして、早速、そのみ言葉を御紹介します。


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天暦2月19日(2012.3.11)巨文島海洋天正宮訓読会でのみ言


「私は嘘をつかない。これが嘘かどうか見ていればよい。それら(私の言葉)は50年か100年のサイクルで理解されるだろう。しかし誰もその長さはわからない。私は現在我々が話題にしているD-Dayの日付を、5,60年前に話しているのだ。あなた達が私のスピーチブックの中にそれを見つけたら、驚いて言うだろう、〈わあ、これは5,60年も前のことだなー!〉と。私はその時には狂人と思われていたのだよ。」


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最後に、ムーンコード(新堕落論を含む)を知る事で経験する「大動揺」を前に『患難のなか忠節の心情を持った真の息子と娘』全文を分かち合っておきたいと思います。


これは始めの方でもご紹介しました様に、2011年末にかけて、あるいは2012年の初頭あたりまで、『3男 VS 4男・7男』という状況が表面化し世界レベルで大動揺が起きた当時、教会内部のローカルでも、あるいはネット上のオンラインでも流布されていました。


『なんと!・・・文先生は、既に1961年に今日に起こる事象を予言されていたのだ!』というような論調でこのみ言を引用し、今の時に相応しい、UC信徒皆様の信仰姿勢の是非について喚起する為に引用されていたものです。


それでは、どうぞ・・・。


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● 患難のなか忠節の心情を持った真の息子と娘
▼ 1961年2月12日『文鮮明先生み言選集第十一巻』


神様は終わりの日になれば、人類の前に7年の大患難があるだろうと予告されました。


この患難時期は6000年の歴史路程において、天の悲しい曲折が聖徒にぶつかる時です。人間の絆がみな壊れていき、信じられない環境にぶつかる時です。


自分がどんなに良心的に正しく生きたとしても、その良心で自らの生涯を主張できない時です。御旨を抱き、考えのある者であればあるほど、眺めるあちこちに苦痛を感じる時です。


そのような時が、終わりの日の7年大患難の時です。その時は、希望が揺れる時であり、私たちが信じている信仰の中心が揺れる時であり、信じて従った指導者が揺れる時です。主義はもちろん、宗教、良心、父母の心情までもすべて揺れる時です。


では、神様はなぜそのような世の中をつくっておかなければならないのでしょうか。それは真の神様、歴史的に苦労した神様と同参したという価値を与えるためです。


神様は6000年間数多くの惨状を見てきましたし、数多くの曲折を受けられたので、終わりの日においては、主義とか、信仰ということをもって中心を立てることのできない環境にぶつかるようにするのです。


そのような患難の中でも「神様を愛する」と言う、そのような難しい場でも「神様と共に生きる」と言い得る真の息子、娘を探すために、そのような時が来るというのです。


それゆえ皆さんは、教会が揺れるのを見て悲しむことなく、ある主義が動揺するのを見て悲しむことなく、ある主権者が倒れるのを見て悲しむことなく、自らの父母が変わったと悲しむことなく、自らの兄弟が変わり果てたと悲しまないでください。


頼り、信じていた世の中の全てが動揺しても、皆さんの心は平然としていなければなりません。


神様は動揺せず、この時間も私を訪ねてこられるということを知らなければなりません。神様が私たちに苦痛を与えるのは、神様との貴い一日、神様が経てきた苦痛の因縁を私たちに結んでくださるための、大きな約束であることを知らなければなりません。


そのような場で天を抱き締め、「一緒に行きましょう。共に闘いましょう。共に行動しましょう」と叫んで立つ人を探すために、そのような世の中が必要だというのです。 ですから皆さん、進む道がふさがったと落胆しないでください。この国が乱れると気落ちしないでください。


神様は死んではいません。この世界がどんなに乱れても、気落ちしないでください。神様は死んではいません。神様は必ず訪ねてこられます。すべてが動揺しても、天に対する一片丹心だけは動揺させないでください。


天を頼って仰ぐ希望の心だけは変わらないでください。その心を変えようとするために、神様が皆さんをいかなる苦痛の場に追い込んだとしても、その場で天の父を呼ぶことができる心をもたなければなりません。いかなる場に落ちても、その場で天の心情のひもをつかんで上がろうと努力しなければなりません。


地獄に落ちる苦痛を感じる恨があったとしても、天の父と共に参与する立場に立って天の父の苦痛を私が思いやって、その天の父は私の苦痛を察してくれることを信じて、そのような場でも行くという責任と義務を感じていくならば、皆さんは滅びないでしょう。


今日、数多くのキリスト教徒がいますが、そういう信者が果たして何名になるでしょうか。私たちは天の父に侍るのに、天上の宝座に座っていらっしゃる父に侍るのではなく、死亡の波打つ中で真の息子、娘を探すために御苦労される天の父に侍らなければなりません。


その天の父を私の天の父と知り、その天の父の事情を私の事情として、その天の父の心情を私の心情として、その天の父の願いを私の願いとして訪ねてこられる天の父の前に雄々しく立って、「あなたの息子を探すことがあなたの願いであることを知って、その息子を探し、あなたの歴史的な曲折を解くことが、あなたの事情であることを知って、失った息子を抱き締めて愛したいのがあなたの心情であることを知りました。


どのような塗炭の苦しみと艱難と難しさの中にあったとしても、私があなたの願いの実体であり、事情の実体であり、心情の実体です」と自信をもって立たなければなりません。このような者であってこそ天の父の息子であり、またその天の父に侍ることができる者になるということを皆さんは知らなければなりません。


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統一を標榜して出発した群れとして、本来、在ってはならない事と思うのですが、皮肉にも今や其々の立場、考え、信仰を主張する様になってしまいました。


つまり、UC本体、そして三男派、果てはUC本体から「分派」と認識されている諸派・・・。


この世の統一を願い、恋い焦がれ「怨讐を愛せよ!汝の敵を愛せよ!」と訴え続けてきた群れが、何でここに至って分裂し相争う様になったのでしょうか?


1961年当時に語られたとする『患難のなか忠節の心情を持った真の息子と娘』というこのタイトルのみ言の文中には、


「・・・今日、数多くのキリスト教徒がいますが、そういう信者が果たして何名になるでしょうか。私たちは天の父に侍るのに、天上の宝座に座っていらっしゃる父に侍るのではなく、死亡の波打つ中で真の息子、娘を探すために御苦労される天の父に侍らなければなりません。・・・」


とあるので、文字通り読んでしまうと、あたかも今日のキリスト教徒向けだけに語られている様にしか理解されません。


これは、文先生のみ言が「比喩や喩えや暗示(暗号)」だと考えていない彼らからすれば致し方のない事ですが、私達MCIからすれば全く違います。


私達MCIでは、「そんな平面的な文字通りだけの解釈ではない!」と提言します。「もっと、立体的で複合的で深遠な摂理の妙がたたみ込まれている・・・まさに、比喩や喩えや暗示で語られたみ言である!」と・・・。


MCIでは一貫して、「文先生は歴史を再現清算する為のお仕事をしてこられた」と読み解いて参りました。


聖書史6000年を自ら一代で築き上げたUC運動内に再現展開されたのです。


そして、その終わりの日(文先生の晩年:2012年内まで)にはその歴史を清算すべく敢えて大動揺を起こし「UC内から大動揺を乗り越えて、宗教を正しく卒業する者を輩出させる。」という目的を持って、全てを分かって、誰にも気付かれない様に、ひたすら慎重に、かつ、絶妙に歩まれていたのだ・・・ということを申し上げたいのです。


ですから、このみ言は1961年のUC草創期に語られたものですが、できれば2000年、そして最悪は2012年、つまり、当時からすれば50年越しのUC信徒に(現代に再現されたキリスト教徒に)向けられたみ言だったのだ・・・という事なのです。


現代の世界人類を象徴し(特に聖書史の中にある三つ巴の争い:ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三つ巴の争い:神を奪い合う争いを象徴し)分裂した様相を呈しているUC本体、三男派、そして分派諸派。


これは、立場を超えて皆一応に、「これは、今現在UC内部に起きている混沌とした状況を指して語っていらっしゃるのではないか・・・。」「これは、あろうことか、今現在のUC内部の事を言い当てたものではないか・・・」「いまこそ、私達UCこそが一つになるべきなのではないか・・・。」と、このみ言を回顧せざるを得なかったのです。


皮肉にもこの回顧は当たっていると思うのです。


これは、UC外部の世界やキリスト教徒に語られたみ言ではないのです。


あろうことか・・・どころではないのです。


本当に、来るべき現実のUC史末期の為に50年先を見越して語られたみ言だったのです。


そしてこれは、まさしく、この1年半このタイミングで文先生が語りだされた「新堕落論?」が解かれた時に、我々全UC信徒(全聖徒)が、一応に生きて体験せざるをえない「大動揺」を感謝甘受出来る様にと、語っておいて下さったみ言であります。




2001年~2012年、この12年の真意は如何に


文先生のみ言によれば、1960年~2000年までの40年は、聖書史の再現には成功(勝利)したが、肝心の清算は未だなされていないという事が分かります。


その為、2001年~2012年を清算の為の12年として設定してこられた。そして、2012年は、まさに全てを清算するべく最後の1年として迎えていたのだ・・・ということを理解する必要があります。


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第二節 双合七八禧年と天一国摂理
天一国摂理


今から神様の国が開かれます。堕落していない真の父母が先に入っていくようになっているのであって、天国は、堕落した子孫が入っていけるようにはなっていません。原理がそうであり、原則がそのようになっています。


ですから、先生は、この時に対して知っているので、今日までどれほど急いできたか分かりません。数千年の歴史を十二年(二〇〇一年~二〇一二年)に短縮して清算しなければならないのです。(二〇〇八・二・三)


八十歳で(西暦2000年までに)カナン復帰して天下統一をしなければならなかったのですが、それができませんでした。ですから、まだアベル・カインが残っていたので、第二次の祝福を受け、アベル・カインの撤廃を宣布したのです。


そして、今から百二十年になる時までに、すべてを終えなければなりません。ですから、それを管掌する先生は、最初の四十年、八十歳までの四十年、今の四十年をそれぞれ四年として、九十二歳を中心とする二〇一二年までに、すべてを終えるのです。(二〇〇四・七・八)


今から二〇一二年までにどのようにして世界的に王権を完成するのかという、忙しい、区切られた計画圏内に入ってきたので、休む間がありません。戦争の中で、これ以上の戦争はありません。


ですから、戦場に出た以上、勝利して忠孝の道理、間違いない忠臣と、間違いない聖子の道理を完成しなければなりません。


このような天の国の使命を受けた神様の代役者、またアダムとエバが失敗したことを復帰する代役者として、間違いなく勝利の覇権をお返しする道を行かなければなりません。(二〇〇一・一一・一五)


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これらのみ言にあるように、本来西暦2000年までに成すべき摂理のみ旨は、2012年末へと延長されて来たという事が理解できます。


ということは、先の「患難のなか忠節の心情を持った真の息子と娘」のみ言は、今現在のUC(分派圏を含む)、つまり、2012年末を迎えた「待ったなし!」のUC(分派圏を含む)の為のもの、という拡張された理解が必要という事になります。


2000年をキリスト教末期(つまり再現されたキリスト教としてのUC末期)としてとらえ、その2000年当時を予言したみ言であると捉える事も必要ですが、それだけではないということです。


本来、1960年~2000年までの40年で、聖書史の再現と清算全てが成されるべきであったが、肝心の清算(アベルカインの一体化 → 八十歳でカナン復帰して天下統一をしなければならなかったのですが、それができませんでした。ですから、まだアベル・カインが残っていたので、第二次の祝福を受け、アベル・カインの撤廃を宣布した・・・)が成就されておらず、12年間の延長を余儀なくされて来たということ。


ということは、本来2000年までに成さなければならなかった「アベルカインの一体化?」とは、2012年内までに成さなければならない摂理的み旨だったということになります。


今現在、UCには三男派と7男派(4男・お母様を含む)とか、本体と分派とか、果てはまことしやかに「庶子圏と実子圏」とか・・・。


これらは、全て、一体化出来ずに未だ争っているアベルカインということではないでしょうか?


また、これら全ては、天使長宗教圏・新婦圏宗教圏特有の(UC特有の)“ 堕落論 ”あっての復帰原理・教義(ドグマ)が元凶となって起きているという事が言えないでしょうか?


結論だけで恐縮ですが、この時期このタイミングで文先生が語りはじめられた「新堕落論」は、私達が知る限りでは、現存する、三男派と7男派(4男・お母様を含む)、本体と分派等々、UC内に存在する全てのアベルカインを清算して余りある内容です。




基元節以降をより良くしたいあなたに・・・真っ先に!


さて、何よりも重要なことは2013.1.13(陽暦2013.2.22)「基元節」以降です。


文先生のみ言では「基元節以降は摂理は白紙だ・・・」などというものがあり、事実、現実的に文先生は基元節を待たずに他界されました。


果たして、地上に残された『真の母』という称号を持つ夫人と「真の子女」という称号を持つ御子息方は、文先生と同じレベルで、50年先を見越すような深遠さを持ち、かつ精妙にして絶妙なるみ言として語り続ける事は可能なのでしょうか?


しかも、原稿なしで・・・整合性を持って・・・。


また、文先生と同じように、何重にも重なる次元を持たせた意味深い摂理的指示を繰り出す事は可能なのでしょうか。


文先生は晩年、特に2010年8月16日以降「天地人真の父母定着実体み言宣布」というタイトルで一連の大会やキャンペーンをし続けました。


そして、終盤には「全ては成された!完成・完結・完了した!」と随所でお話されました。一体、何がどう「全ては成された!完成・完結・完了した!」というのでしょうか?


文字通り読み解こうとするUC信徒には何が何だか分からないようです。


一方、私達MCIでは、有難い事に文先生のみ言を「比喩や喩えや暗示(暗号)」であるという大前提で読み解く訓練をし続けて参りましたので、「全ては成された!完成・完結・完了した!」という意味についても、完全ではないにしてもおおよそは理解出来ます。


文先生が如何に膨大なるみ言を残されたといっても、また、如何に「比喩や喩えや暗示・暗号」を駆使して、その都度難解なみ言を語られているといっても、一定のパターンと法則をもって語られています。


その法則性や文先生一流の語り癖を知り尽すにおいては、何を隠そう、我々は業界第一位です!(笑)


私達には「完全」はありませんが、「随時精度を上げる」という事は可能です。


文先生が何を知らせたかったのか・・・何を諭させたかったのか・・・何を体得させようとして身を粉にして人生を全うされたのか・・・そういった核心の一端を味わうにおいて、最先端の解読を試みるプロフェッショナルであり続けたいと願っています。


とにかく、文先生が生涯を通して成されたみ業とその偉業は不変であり永遠の価値を持つものであるという事は、比喩や喩えや暗示(暗号)を読み解く立場からみてほぼ間違ない事です。これは、皆様に最もお伝えしたいところです。


文先生が他界され既に120日以上が経過した訳ですが、昨今、以下の様な噂が表面化し出しています。これは、文先生の晩年に内々の噂として一部の幹部同士のお話だったのですが・・・。


「文先生も人間だったのだ・・・メシヤといえども分からないことだらけだったのだ・・・幹部の不正も子女の不倫も分からなかったのだ・・・メシヤもさすがに老いにはかなわないようだ・・・晩年はたまにボケも入って来ているようで語られる事があまりにも矛盾が多くなってきたようだ・・・。」と・・・。


これは、私達MCIからすれば全く違います!


「文先生は、晩年は、ますます冴えわたっておられた・・・人間が神と一体になりMAXを極めるとあそこまで生き抜く事が可能なのだ・・・人間とはどこまで可能性に満ちたものなのか・・・文先生は間違いなく人類の為に最も効果的で最も優れた、まさに、これしか無かった!という様な最善・最適な歩みを成された・・・皆、一旦、文先生を誤解し多くの信徒が離れる様になる可能性は否めないが、私達は文先生の人生の正当性をこれから世に広く、そして徐々にでも明らかにしていこう・・・文先生はまさに人類の真の父であった・・・」


文先生のみ言が解けて知る世界観からは、もう、それはそれは、人間文先生が如何に素晴らしく、如何に精妙で深遠な愛情を人類に注がれたのか、如何に我々人間の真の父であったのか、という事しか出て来ません。


Moon Code(ムーンコード)を通して知る事が出来る、全く新しい世界観・・・。


私達MCIは、これを、UC信徒として尊い摂理的貢献をされた皆様に真っ先にお伝えしたいと思います。




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