Moon Code ムーンコード 文鮮明師の語るみ言は成約時代の聖書であり暗号だった!

暗号解読例

暗号解読例


暗号解読事例ということで、全部で3例続けて掲載いたします。


▼ 以下の注意書きをよくお読みになってから閲覧ください。


<注意書き>


これらは、ムーンコードの解読研究初期のものです。


たしか2004年頃のもので、私達が積み重ねてきた暗号解読事例としてはかなり古いのもので、文字通り初期のものです。


当然のことながら、まだ「新堕落論?」が語られていない時期のものですので、現在、私達が到達している解読レベルのものとは言えません。


それでも、暗号解読初心者の皆様には十分参考になるかと思いますので、敢えて掲載させて頂きます。


文先生のみ言を暗号として捉え、それなりの研究を積み重ねてきた先人の足跡と労苦の一端に触れて頂ければ幸いです。


より、分かり易くする為に、み言葉部分とコメントの部分( ▼ )を分けています。


それでは一読下さい。


MCIコンテンツ 原理本体論基礎研究資料 2-5より抜粋


● 喩え・暗号-5 橋やトンネルの真の意味は何か?


▼ コメント


「橋」や「トンネル」の真の意味は何か?


最近の文先生の御言は、その話の結論にいつもベーリング海峡に橋かトンネルを造ることによって、理想世界が訪れるというものが多い。


今日まで文先生の語られた御言には、同じように橋やトンネル工事をすることの必要性を訴えたものがありました。日韓をつなぐためのトンネル工事もその一つです。九州の佐賀から対馬海峡を越えて釜山まで、海底トンネルを掘ろうというものでした。


海底探査船での調査、飛行機を使っての調査などをおこない、実際にそこには試験坑が掘られました。しかし、今その現場に出向いてみると雑草が生え、工事用の機材は錆付いて、人影すらほとんどない荒廃した状態になっています。


また、国際ハイウエー構想も大規模な世界的道路建設の提案でした。統一教会では国際ハイウエー事務局を設置し、何度となくシンポジウムを開いて検討を重ねました。しかし、その構想が余りにも大規模であったためか、中途挫折し、今日において過去のものとして歴史の隅に忘れ去られようとしています。


ところが今また、文先生から途方もないベーリング海峡の橋梁建設プロジェクトが提案されました。


このプロジェクトの規模を考えると今までにも増して大規模なものでありますが、はたして実際にそこに橋を建設して行くことで、アメリカとロシアに、また、アメリカ大陸とアジア大陸に平和を生み出すことのできる道と成り得るのでしょうか?


神のみ旨成就に対して真剣であればあるほど、今こそ冷静に考え、文先生の御言の真意を整理して、正しい神の意図を理解しなければならないのではないでしょうか。


85歳を越えられて身体も大変お疲れになっておられる文先生が、一日も休むことなく世界巡回をして伝えておられる神のメッセージですから、途方もなく重大な内容に違いありません。その詳細を正確に整理し理解する必要があると思います。


まず下記の御言を見てください。これは、777双の人たちが聖酒式を受ける時に文先生が語られた御言です。ここにも「橋」の話があります。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


祝福家庭と理想天国Ⅰ 完成のための公式路程 P953


一つ皆さんが知るべきことは、皆さんが祝福を受ける位置は、完成した位置ではないということです。父母が歩んでいった十字架の橋があるならば、その橋をそのまま歩んで行かなければなりません。飛んでいくことはできないのです。


山の頂上に登るには橋を渡らなければならないというとき、危険から逃れるためにその橋を鉄筋で完備することができるかもしれませんが、橋の上を行くことは、どうすることもできないというのです。それゆえ、先生が歩んでいった七年路程は、永遠に残されるのです。個人的七年路程と家庭的七年路程があるのです。


この道は永遠に残されるのです。人間は長成期完成級で堕落したために、そのまま完成段階に上がることはできません。私たち人間が長成期完成級で堕落したために、堕落したその線以上に上がっていってこそ、初めて原罪を脱ぐことができるようになっているというのです。長成期完成級で脱ぐのではありません。そうではありませんか。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


この御言の中には何度も「橋」という言葉が使われています。この場合の橋は、堕落人間が復帰されるために縦的に上って行かなければならない道を「橋」にたとえて使われています。堕落人間が行かなければならない蕩減の道を「十字架の橋」と表現されており、「その橋」をそのまま歩んでいかなければならない、飛んでは行けないと指摘しておられます。


「それゆえ先生が歩んでいた7年路程」となっているのですから、ここで使われている「橋」とは、7年路程を指していることが分かります。堕落人間にとってこの7年路程は、それを完遂するまでは永遠に残される復帰の公式なのです。その7年路程を歩んだ後に、長成期完成級を越えることによって初めて原罪が脱げると説明しておられます。


この御言でわかるように「橋」は、土木工事で架けられる物質的な橋のことではありません。縦的に越えていかなければならない蕩減復帰路程のことです。


実は、文先生の御言を探してみると、このように「橋」という単語をしばしば使っておられることが分かります。その御言の伝えようとされる意味合いは、決まって縦的な路程を行く道のことをたとえて使われているのです。


下記の御言も明らかに縦的に上っていくための橋として使われています。即ち、物質的なものではなく、神と人間との間における内的な心情の架け橋のことです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


ファミリー2002/5 P32 3月24日 聖日礼拝の御言


最初は、僕です。そうして、八段階の道理の法則を通して、僕から養子、庶子、子女の立場に上がっていくのです。そのようにしようとすれば、すべてが歓迎しなければなりません。橋を架けなければなりません。はしごを架けなければなりません。


それゆえに、個人完成するためには、家庭において試験し、家庭のためにすべてを投入し、その家庭が、すべて自分に従って来るようになるとき、自分は家庭の中心の位置に行くのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


僕の僕から縦的に上がって、実子である個人完成基準までの道を、「橋を架ける」と語られておられるということが分かります。


文先生がメシヤとしてなさろうとしておられることは、長成期完成級から堕落してサタンのとりことなった堕落人間を救済することです。


それは、蕩減路程を勝利的に完遂し、神が創造した本然の人間に復帰していくことです。即ち、堕落してサタンの血統に落ちた者たちを、神の血統を持った神の子につくり変えて、長成期完成級以上に復帰していくということです。


平和世界は、復帰完成した個人が現れることから出発します。そのような個人から家庭が完成され、そのような家庭が増え広がることによって、氏族、民族、国家と、神の理想世界が完成していくのです。外的な環境だけを準備しても、神の願われた理想世界はできないのです。


僕の僕から縦的に上って行く8段階と、個人から横的に広がって行く8段階が共に完成することによってこそ、天国が出来上がると文先生は説明しておられます。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


ファミリー97/7 P6 統一教会創立43周年記念日の御言


堕落は、アダムとエバという個人が堕落して家庭をひっくり返したので、これを復帰しなければならないのです。心と体が一つになり、家庭が一つになり、国が一つになり、世界が一つになり、天地が一つにならなければならないのです。


サタンによって新しい血統が連結されて、全部、分裂しました。それを真の父母が来て、個人の心と体が一つになった夫婦を中心として、家庭が一つとなり、全世界が復帰される平準化時代、統一時代になったのです。個人、家庭、氏族、民族、国家などの八段階の主人を中心として、天上世界を中心として解放されるのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


従って私たちが理解しなければならない橋は、縦的には神様と私たちが心情的、血統的につながる架け橋のことでなければならないし、横的には、個人復帰から拡大された天国世界への架け橋のことでなければならないのではないでしょうか。


もしも、文先生がおっしゃられる御言の「橋」を、外的な橋によって理想世界ができると捉えるならば、今まで語られた文先生の御言に対して多くの矛盾を生み出してしまいます。また現実的に考えても、外的にベーリング海峡に橋を造ることは、今までの日韓トンネル以上の大規模な計画であり、不可能に近いことです。


ベーリング海峡の橋梁建設プロジェクトは、文先生が何か他の重大な事柄を比喩して使っている言葉と理解した方が良いのではないでしょうか。


アラスカからシベリアにつながるその地は、万年氷土の地であり、車で通るには適さない地です。またその建設費は数兆円とも言われるほどに莫大なものです。もちろん、一宗教団体の手に負えるものではありません。


それよりももっと根本的問題点は、果たして道路工事をおこない国家間をつなぎ合わせることで、対立していた国家間に平和が訪れるでしょうか。また、世界の平和が訪れるのかということです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


ファミリー1997/11 P22


堕落したのですべてが分かれてしまいました。心と体が分かれ、国家が分かれ、世界が分かれ、天地が分かれ、神様とサタンが分かれています。これをどのように統一するかということが問題であり、どこから手をつけるのか、ということが問題なのです。


根本から、始めから、家庭から、私自身から出発するのです。世界平和が成され、アメリカとソ連、民主世界と共産世界が闘っていたものが平和の世界になり、一つになったからといって、皆さんの心と体が統一されると思いますか。


皆さんの夫婦が分かれて争うことが、統一されると思いますか? 分かれた国が統一されると思いますか? 


それは、たかだか世界舞台における長子圏と次子圏、カイン・アベル圏が一つになっただけです。それは、いかなる統治原理の根とも何の関係もありません。ですから、平和統一の基準は“私”からなのです。


ファミリ-2002/8 P62.63


自分自身を是正するためには、難しい道を歩まなけばなりません。南北統一をすることが、簡単でしょうか? 自分一身を統一することが、簡単でしょうか?南北統一は、外的にはいくらでもすることができます。しかし、自分自身の統一は、内的に果たすことができません。


外的に、世界平和は成すことができますが、自分自身は、内的に平和を成すことができないのです。今後、世界が過去、現在、未来を通じて、行く方向が、内的にも外的にも一致すれば、統一することができる希望は、いつ、どこであろうと、探し出すことができます。


過去と現在を照らし合わせてみるとき、結果は、必ず一つの目的に向かって行くのです。一つの目的は、統一であり、平和です。一つの平和であるというのです。二つではありません。しかし、自分自体が、いつ統一をするのでしょうか? 自分が統一することができなくて、統一された世界を管理することができるのでしょうか? それは、理論的に成立しません。


それゆえに、根本問題に入っていくと、統一という問題は、深刻です。宇宙史的な問題なのです。国が滅びるということは、大したことではありません。アダムの世界には、国がありませんでした。自分の家庭さえ収拾すればいいのです。家庭さえ、まっすぐに立てばいいのです。結局は、良心と肉身の一体化と、家庭の一体化です。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


これらの御言では、世界平和は、私の心と体が統一され、神の愛につながった為に生きる私となることで私が平和になることから始まり、それが家庭、氏族、国家、世界へと広がっていくことで実現すると語られています。外的に世界平和がいくら実現しても、私の心と体が統一されていないなら何の関係もないのです。


ここにおいて私たちは、自分の心と体を統一することが世界平和実現への唯一の道であるということを再度確認することができると思います。


さて、文先生は人類のメシヤとして来られ、天国建設の方法を完全に悟られた立場にあって、本当に外的な建設土木作業による国家間の連結が、平和世界を築く最善の方法だと訴えておられるのでしょうか?


現在までに語られた文先生の天国を創建していくための御言や、堕落人間を救済するための原理的説明においては、神様との内的な愛の架け橋をつなぐことによってこそ平和世界が訪れるとなっているのですから、表面的な御言の単語のみにとらわれないで、冷静に考えてみる必要があるのではないでしょうか。


文先生の御言で語られている「橋梁」や「トンネル」というものは、何か他の重大な事柄をたとえで語られていると捉えるべきではないでしょうか。


御言を軽はずみに受け取り、本当に神が私たちに語りかけておられる真の願いを見失ってはなりません。より深く御言を精査していくという観点からもう一度「橋」という単語を検討していきましょう。




MCIコンテンツ 原理本体論基礎研究資料 2-6より抜粋


● 喩え・暗号-6 ベーリング海峡をつなぐ橋の真の意味


● ベーリング海峡をつなぐ橋の真の意味


大陸観光ニュース 593号 2005年6月23日 6月21日 TFのみ言(日本語通訳)


善なる先祖と共に真の父母に従っていく。時代的恵沢を受けることができるように神様は最後まで待っている、門を閉めずに待っているということ。同調することのできる皆さんとなるべき、どういうことか分かる?私が一生の間最後まで一線に立っている。


地上世界における最北の地であるベーリング海、それは何かというと、国境線撤廃と所有権撤廃である。


・・先祖がふさがれた後孫達、全体が合わさって、後孫が誇り一つとなっていくべきである。そうしておいて、民族が一つとなって世界国家を解放させること、その場において接木されて、霊界天国に入籍することができるのだけれど、入籍した後には、自分の国が天国になっていないから、そうだろう、入籍するには王宮法において、その道が残っている。先生はその道を準備しているんだね。


だから、この世のものは清算打破して、今回ベーリング海開発、最後だよ、これが。最後の宣布だ。世界の環境を1日生活圏につくっていく。国境もなく所有権もない、どこに行っても私が国境の主人。私が所有権、境界線までも管理することのできる私にならなければならない。それが家庭盟誓文である。それは父母様が闘ってつくって、皆さんは従ってくればいい。分かった? だからそのように生きなければならない。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


上記の御言によれば、ベーリング海峡に橋を造ることは、「それは何かというと、国境線撤廃と所有権撤廃である。」となっている。そのためには「この世のものは清算打破」しなければならない。そのことを可能にするのがベーリング海の開発なのだと語られている。


果たして人類が失った所有権というものが、ベーリング海峡に橋を架けることで取り戻せるのでしょうか。上記の御言では、「それが家庭盟誓文である」という結論になっています。家庭盟誓は皆さんもご存知の通り、建設土木のための注意事項ではなく、天一国主人となり真の家庭を取り戻すための内的な宣誓文なのです。


家庭盟誓に従って土木工事をするというのは、いかにもおかしな話です。御言の最後の結論は、「だからそのように生きなければならない。」となっている。


これは家庭盟誓に従っての、人間の生き方を説いておられる御言と考えるべきです。「ベーリング海開発」は、「家庭盟誓」に従った蕩減復帰路程の開拓と見るべきではないでしょうか。


このように考えてみれば、ベーリング海峡に建設される「橋」とは、所有権を取り戻すためのものなのですから、明らかに内的な何かをたとえて語っておられると見るべきです。


そもそも所有権は、いつどのようにして失ったものなのでしょうか。下記の文先生の御言によれば、アダム・エバが堕落する時に天の所有権を失ってしまったと説明されています。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


神様の理想家庭と平和世界のモデル 2005年9月12日 講演文


ところで、アダム・エバの堕落以来、歴史を通して神様の胸に最も痛い恨として残り伝えられてきたものが何であるかご存知ですか。天の血統を失ってしまい、所有権までも失ってしまった事件でした。生命よりも貴く、愛よりも重要なものが血統です。


・・神様の血筋の中には真の愛の種が入っていて、真の生命の体が生きています。したがって、この血筋と連結されれば、神様が理想とされた理想人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり、さらには神様の祖國、理想國家も出現するのです。平和世界はこのように創建されるのです。


・・元来、神様は、エデンの園にアダムとエバを創造された後、彼らをご自身の祝福下で結婚させ、天の所有権までも完全に伝授しようとされました。


宇宙万象の所有権をアダムとエバに相続させてあげようとしたのです。しかし、堕落によって、このすべてのものがサタンの手中に落ちてしまいました。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


真の愛の神の血統を取り戻すことによって、神と一体となり、「神様が理想とされた理想人間、すなわち人格完成も可能であり、理想家庭も生まれるのであり、さらには神様の祖國、理想國家も出現するのです」。


このように、完成した人間は神の真の子女として、宇宙の全ての所有権を得ることができるのです。


アダムとエバが堕落することによってサタンの手に落ちてしまった所有権は、土木工事による橋梁建設によって取り戻されるのではありません。


原理的にはそのような復帰の公式はありません。原理講論にも示してあるように、堕落していったときの位置と状態と経路を厳密に取り戻すことによってのみ、所有権復帰は可能なのです。


そうであれば、今回のベーリング海峡に「橋」を造るとか「トンネル」を掘るということは、人類始祖が失った所有権を取り戻すことであると語られておられるのですから、原理的な縦的復帰における事柄が、たとえで語られていると考えなければなりません。


神の真の愛と血統につなぐための内的な原理的事柄が、「橋」としてたとえられていると考えられないでしょうか。


このように考えれば、上記御言の部分に続く以下の部分とも違和感なくつながり、一つの論理展開として矛盾なく理解できるのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


神様の理想家庭と平和世界のモデル 2005年9月12日 講演文


このように、サタンに血統権を奪われて、子女を失ってしまい、すべての國と世界の所有権までも差し出した神様の悲しく怨痛なる心情を知る者がありませんでした。


したがって、血統権と所有権をもう一度探してくる道は、サタンを自然屈伏させる道しかありません。サタンを自然屈伏させる道は何でしょうか。怨讐を自分の子女よりももっと愛するという真の愛の力でこそ可能なのです。 


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント

「ベーリング海峡に橋を架ける」ことと、「血統権と所有権をもう一度探してくる道は、サタンを自然屈伏させる道しかありません。」という御言の内容とは、「橋」を外的なものと見た場合は原理的論旨が一致しませんが、「橋」が、神の真の愛と血統につなぐための内的な原理的事柄を比喩したものと理解するならば、論旨が一致してくるのです。


血統権と所有権は、実際の「橋」や「トンネル」を造るための土木工事によって復帰されるものではなく、縦的な蕩減復帰路程を歩み、最終的には長成期完成級でサタンを自然屈服させる以外にはないのです。


このように御言を原理的観点から整理すると、ベーリング海峡に「橋」や「トンネル」を掘るというプロジェクトの計画は、堕落人間が失った血統と所有権を取り戻すための内的で縦的な復帰のプロジェクトであるといえます。即ち、堕落人間を復帰するための縦的路程を、横的な話にたとえて説明されているということです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


ファミリー05.08 2005年 06月07日 韓国・天宙清平修錬苑 天城旺臨宮殿 大聖殿 第四十三回「真の万物の日」記念礼拝の御言


福を分けてあげることができる橋梁を造るのです。また、がらくたの世界に高速道路を造るためです。 壊すものは壊し、切るものは切り、蹴るものは蹴り、たたきつぶすものはたたきつぶさなければなりません。そのようにしなければ、すべて天国に行けないのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


文先生が今語られているベーリング海峡の「橋」や「高速道路」の建設は、明らかに家庭盟誓の中に示してある天一国主人と真の家庭を完成して入ることのできる天国への道のことです。統一教会が求めてきたものは、土木工事による天国建設ではなかったはずです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


大陸観光ニュース 597号 2005年7月9日 6月28日 訓読会でのTFのみ言


講演文に勢力を傾けた。このように宣布するためには、永遠の心情がなければならない。牧師達、本当に学ばなければならない。


私は今86才だが、子供も老人も私が好き。語る言葉が本然の言葉であるから、皆が私に会いたがるが、私によらなければ天の国に行けない。


あなた方の感情が、切実に私に会いたいという心情が興ってこそ、天国に行ける。ベーリング海峡に橋をかける、全ての境界線をなくすためにつくる。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


このように御言を総合的整理分析してみると、ベーリング海峡に橋を架けることにたとえられた内容は、縦的に復帰路程を歩み天国に行くためのプロジェクトのことです。福を分けていただく神様との内的な架け橋なのです。


そのプロジェクトを成功させることによって、全ての原理的な問題点が解決され、サタンが堕落人間を主管するために築いていた国境線がなくなるのです。そのことは、別の表現で言えば長成期完成級を越えて行くということでもあります。


神の国とサタンの国とを分けていた境界線を撤廃しなければなりません。文先生の御言では、「境界線」は、現在の地球上に存在する国と国を分けている線のことではなく、神の主管する本然の世界と、サタン世界とを分ける分岐線であることを明確に説明されています。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


祝福 53 本然の境界線を越えよう 1987年4月1日 ベルベディア


境界線というのは一つの国にはありません。他の国があるから境界線という言葉があるのです。本然の世界では境界線がなかったけれど、堕落することによって別の主人が生じたので、ここにおいて本然の世界と堕落の世界の境界線が生ずるようになったのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


サタンが隔てた「境界線」が、ベーリング海峡にたとえられた「海」であるならば、私たちが蕩減復帰の道を歩み、長成期完成級を越えることができれば解決されるということです。その境界線を越えることによって、先祖の罪、自犯罪とか、原罪、連帯罪から抜け出ることができるのです。


統一教会で条件的祝福を受けた者たちが、力を合わせて平和連合を結成し、神の子女としての真の血族を作り出すことができたならば、長成期完成級で分けられた境界線は問題なく越えられるのです。それが「天宙平和連合」です。そのようなことが実現した時にこそ、サタン世界というこの世がひっくり返されていくのです。


私たちは、これからそのような縦的復帰路程を行くための大プロジェクトに向かって、前進していかなければならない時なのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


神様の理想家庭と平和世界のモデル 2005年9月12日 講演文


神様の真の愛の主流属性は、絶対、唯一、不変、永遠であるので、誰でもこの神様の真の愛を実践躬行(きゅうこう)するとき、神様と同居、同楽するようになり、同参権まで享受(きょうじゅ)するようになるのです。


このように、天國に入っていく絶対必要条件がまさに「ために生きること」、すなわち真の愛の生であるのです。


尊敬する指導者の皆様。皆さんは今や、祝福と結実の時代を迎えています。神様の創造理想である地上天國、すなわち平和王國が皆さんの目前に創建されていっています。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


文先生は、神様の真の愛を「実践躬行(きゅうこう)するとき、神様と同居、同楽するようになり、同参権まで享受(きょうじゅ)するようになる」とはっきりと語っておられます。天国に入っていく絶対必要条件がまさに「ために生きること」、すなわち真の愛の生であるのです。


最後に、今まで整理した内容を踏まえて下記の御言をじっくりと拝読してみて下さい。縦的な復帰に関する内容を、外的な横的話にたとえておられることが分かっていただけると思います。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


大陸観光ニュース 607号


天宙主義、天宙平和連合の理念を宣布するから、ベーリング海峡という地にはサタンが踏み入れることができない。戦争とか彼らの心の闘い、ガザの闘い、国家的闘い、世界的闘いまで入って、そこに一つとなる時に、サタンは影も現れることができない。


天宙平和連合の境界線がどこにあるか? この地、地球星に国境線のない、ベーリング海峡を中心にして…。救世主として、メシヤとして、真の父母として、報告していく。あなた達ができないことを私が責任をもってやる。


だから所有権、血統圏問題を完全に整備しなければ先生についてくることができない。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


以上のように、原理的観点からベーリング海峡の橋とトンネルの問題を整理してみると、文先生の御言の内容は、理路整然と一貫した縦的復帰に関する説明であることが明確にお分かりいただけると思います。


このような観点に立って、今回の世界巡回講演路程の御言をもう一度お読みになってみてください。きっと、神が文先生を通して私たちに下された重要な御言の真意が伝わってくるのではないかと思います。




MCIコンテンツ 原理本体論基礎研究資料 2-7より抜粋


● 喩え・暗号-7 空中で主に会う


▼ コメント


はじめに


文先生が語られる御言の中には比喩として捉えるべき表現があるということについては、既に何回か触れてきました。ここでは、最近頻繁に用いられている「ヘリコプター」という御言の表現について、そこに付与されている比喩としての意味合いを考えて見たいと思います。


「ヘリコプター」とは何か


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


2004年3月26日 訓読会


キャピタルヒルにおいて大会をして、王権が問題ではない。この国において、贈り物として韓国に持っていくもの、それが航空技術。スンチョンにおいて、着地して、どこでも行くことができるヘリコプターが、30m周囲に平地をつくって、どこにおいても着陸できる、離陸できる。


神様に侍るから、父母の家庭にのって、神様に上がっていって、飛行機によって飛んで行く、ということを考えなければならない。天上世界どこにおいても、地上世界どこにおいても勝利の覇権を、王権・父母権・長子権、すべて、それをなして、神様も喜び、世界の家庭、一代・二代・三代家庭を訪問する喜びを探し立てていく。先生がするべきことが何か分かるか? 


皆さん、天の前に忠誠した、その集団として、天の新しいエレベーターを家庭においてつくるために、空中に上がるエレベーター、それがヘリコプター。皆さんの家庭家庭において乗ることができる、非常に便利。船も飛行機も必要ない。ボタンだけ押せば上がっていく。


数十年前から始めた計画。皆失われてもそれは残る。だから、一族において、飛行機1台ずつでも捧げて、父母様の国に入籍すべきか、しないべきか。どれほどでたらめに来たか。地において科学技術を中心として、世界を指導し、海洋圏改良、垂直に上がっていく、ヘリコプター。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


「ヘリコプター」という表現は、私たちが使う日常会話の言語のレベルにおいては、「大型のプロペラ状の回転翼をもち、それによって垂直の上昇・降下や前進後退・空中停止などが可能な航空機」(三省堂 大辞林)のことを意味しています。


しかし、文先生が「ヘリコプター」という表現を使われる場合、上に記した辞書的意味で使われることもありますが、一方で日常会話の言語レベルを超え、摂理的観点から異なる意味合いが付与され、比喩的・象徴的に「ヘリコプター」という表現が用いられることがあります。上で引用した御言は、そのことを示す一例だと見ることができます。


「スンチョンにおいて、着地して、どこでも行くことができるヘリコプターが、30m周囲に平地をつくって、どこにおいても着陸できる、離陸できる」とありますが、ここでの「ヘリコプター」とういう表現は、「大型のプロペラ状の回転翼をもつ航空機」という意味で用いられていると考えられます。


しかし、その直後の御言においてはその言語レベルが変容し、日常的な意味合いから離れ摂理的観点から意味付けがされるようになります。


ここでは「ヘリコプター」という表現は、「空間を垂直に上昇していく航空機」という意味で使われる日常言語レベルから解き放たれ、「神様に上がってい」く乗り物、すなわち「『僕の僕』から最終的には『神』にまで至る縦的8段階の心情の成長路程を垂直に上昇していく乗り物」という比喩的な意味合いが付与されるようになります。


さらにまた、その神様にまで至る乗り物とは「父母の家庭」だと表現されています。既に他の文章において見てきたように、縦的8段階を上がっていくにはホームチャーチという形態が必要でした。


ですからこの神様にまで至る乗り物である「父母の家庭」とは、信仰基台・実体基台を立て父母であるメシヤを迎えたホームチャーチであると理解することが可能となります。


御言ではさらに、「王権・父母権・長子権、すべて、それをなして、神様も喜び、世界の家庭、一代・二代・三代家庭を訪問する喜びを探し立てていく」と続きます。「父母の家庭」 に乗って「神様に上がってい」くためには、一代だけではなく三代にわたる四位基台の完成が必要なのでした。


さらに、御言では「空中に上がるエレベーター、それがヘリコプター」と表現されます。「天の前に忠誠した、その集団として」、私たちに必要な「空中に上がる」ためのエレベーターあるいはヘリコプターとは、文字通りのエレベーターやヘリコプターでないことは言うまでもありません。


「天の前に忠誠した、その集団として」必要なものは、神に至る縦的8段階といういわば象徴的空間を上がるための乗り物であって、それは父母を迎えるための、あるいは父母を迎えたホームチャーチという形態以外のなにものでもないのです。


このように理解することにより、「数十年前から始めた計画。皆失われてもそれは残る。」、「一族において、飛行機1台ずつでも捧げて、父母様の国に入籍すべきか、しないべきか。」という御言の表現も、得心がいくようになります。


文先生は、第二次世界大戦終結時に合わせて準備されていた基台が崩壊してしまって以降、再びその基台を取り戻すための計画を立て、その実現にむけ一心不乱に歩まれてこられたのでした。


その基台が取り戻せる状況になった今日、宗教団体としての統一教会の組織が解体され、皆失われたとしても「それ」は残るべきものなのです。


「それ」とは、言うまでもなく父母を迎えられうるホームチャーチのことです。私たちはそれを準備してこそ「父母様の国に入籍」、すなわち心身統一を果たし本然の人間が住む天国の住人となることができるのです。


注:御言において、飛行機とヘリコプターが区別されて使用されている時もありますが、「直昇飛行機、ヘリコプターを中国語で直昇飛行機と言う」(2004年10月28日)とあるように、ヘリコプターを飛行機と表現されるともあります。


角度は違いますが、どちらも空中を上昇していく性質は共通なので、ともにホームチャーチを意味する表現として使われることがあると考えられます。


さらに御言を見ていきましょう。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


2004年3月25日 訓読会


分かったの、だったらお前達UCの責任者達、ヘリコプター1台ずつ一族を中心として、王に侍ることができるようにして、ヘリコプターを準備しないといけない。


垂直に上がるヘリコプター、世界に勇猛なヘリコプター。プロペラ機ではない、水上でも海でも降りることができる。


アメリカのある飛行機は海の上にも止まることができる。それをすぐ買って実験しないといけない。人も71人乗れるという。韓国の飛行機は19人だけなのに、人がそのように乗れるという。


その技術をもって、政府の力を左右していかないと。アメリカ国会が、Rev.Moonが再臨主、メシヤとか、救世主、真の父母と発表したのだから、王冠を伝授されたのなら、先生なしにそれができない。今からそういうことをしては事件が起こってしまう。


天のラッパを昼も夜も吹いていかないと。「救世主を私の家庭に迎えます。真の父母を迎えます。」と、そうして、天宙平和統一理想天国家庭連合ができるんだよ。


天国に入っていくことのできる家庭をつくりましょう、とそして天地の統一。そのようにして家庭連合をつくれば、地上に天国が和する。お前達がそういう試験ケースの行動をするべきか、しないべきか。(するべきです。)


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


「お前達UCの責任者達、ヘリコプター1台ずつ一族を中心として、王に侍ることができるようにして、ヘリコプターを準備しないといけない。」とありますが、ここでも「ヘリコプター」という表現は「ホームチャーチ」を指し示すものとして理解することができます。


王すなわちメシヤに侍るために私たちが準備すべきものとは、「大型のプロペラ状の回転翼をもつ航空機」なのではなく、信仰基台と実体基台の上に造成されるメシヤのための基台としてのホームチャーチなのです。


次に、「垂直に上がるヘリコプター、世界に勇猛なヘリコプター。プロペラ機ではない、水上でも海でも降りることができる。アメリカのある飛行機は海の上にも止まることができる。それをすぐ買って実験しないといけない。」と続きます。


ここでは、ヘリコプターについてわざわざ「プロペラ機ではない」と表現されています。


確かに学問的に正確に分類するならば、ヘリコプターはプロペラ機とは別の範疇の航空機であるようですが、この御言は、「ここで用いられているヘリコプターという表現は、プロペラがついている航空機のことを意味しているのではなく、象徴的空間を垂直に上昇していくホームチャーチのことを意味しているのだ」ということを示す暗示的表現であると理解すると、前後の文脈との繋がりが見えてきます。


海の上にも止まることができるヘリコプターを「すぐ買って実験しないといけない」と語られるのですが、私たちは、「救世主=真の父母」を迎えて天国に入っていくことのできる正確な「家庭連合=ホームチャーチ」運動を、すぐにでも実験しなければならないのです。


摂理歴史上の要請を受け、このような「試験ケースの行動をする」すなわち実験をしてみることが必要な時代に入っているというのです。このホームチャーチという「技術」によって、私たちはサタンが握っている主権=政府に対してその権限を復帰していくことになるのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


ファミリー1997年7月P8


皆さんは、祝福を数年前から継続的に、習慣的にするような環境にありましたが、時は垂直に転換する時が来たのです。

ファミリー1997年7月P13


「家庭連合」の時代が、どれほど重要な時代であるかを知らなければなりません。世界が一度に地から持ち上げられて、上がってくる時が来たのです。宗教なしに上がることができるのです。


新約聖書 テサロニケの信徒への手紙 4章17節


それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


何十万年にもわたったとされる復帰摂理歴史のなかで、今日に至り初めて私たちは神様にまで至る縦的8段階の心情路程を垂直に上昇していくことができる時代を迎えています。


しかし、この時代的恩恵を受けるには、ホームチャーチという形態を整え、縦的8段階という象徴的空間を上昇していくなかで「空中で主に会い」、父母を迎えて「父母の家庭」に乗っていくということが必要なのです。


ここでは、御言において「ヘリコプター」という表現が、ホームチャーチの比喩として用いられているということを確認してきましたが、ではなぜ直接にホームチャーチの重要性を語られている一方で、同じような内容を比喩的表現を用いて表すのかという点については、他の暗示的・比喩的表現を見ていくことでその理由が浮かび揚がってくるのですが、この点については、時機を待って更に見ていきたいと思います。




MCIコンテンツ 原理本体論基礎研究資料 2-8より抜粋


● 喩え・暗号-8 シコルスキー社のヘリコプター技術のみ言


▼ コメント


文鮮明先生は、最近の御言において、「シコルスキー社のヘリコプター技術」についてしばしば語られています。


ヘリコプターという表現の象徴的意味合いについては、「空中で主に合う」のなかで考察しましたが、ここでは第4アダムのとの関連で、あらためてこのヘリコプター技術に関連する御言を見ていきたいと思います。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


2004年3月月25日 EGでの訓読会の様子、TFのみ言


では先生どこに行くべきかね。韓国に行かないとね。本当に韓国に帰らないといけない。


帰る時にアメリカの国の一番貴重なものは何かというと宗教ではない、国家ではない。ここのアメリカに残す、ある科学技術。技術を集中させていくのがどこかというと、ヘリコプター。世界の一番名のあるヘリコプター工場の技術の全てをいかに韓国に動かしていくか、それが先生の夢。


その為に先生が持った力とその背後の能力、言論機関、その全ての力を持って、その技術を間違いなくつくって伝授させることができるのは問題ないと見る。


だから、ヨス、スンチョン地域にそういうものをつくってね。それを数百、数千台つくって世界の者達に分けていく。まず釣りの記念日をつくって、国定日をつくっていこうとするんだよ。だからその為に何をするべきか。それを簡単に考えてはだめだ。


救世主が何、メシヤが何、再臨主、真の父母が何だ。アメリカに来て33年、何をしたかと言うんだね。何ができたかというんだよ。


国会が必要ない、宗教が必要ない、全て必要ないもの。技術が必要。この宇宙、世界を開発する技術だ。飛行技術以外にない。スペースエンジニアリング、これが必要なんだよ。


先生は空中オリンピック大会を計画しているんだよ。地球星を100回まわる。どれ程美しいか。それを運転する者、参加した者。私達は科学技術において力を誇った者達。先進国達以上の立場に早く上がらないといけない。


飛行技術、飛行機、垂直にあがるんだよ。数十年先生考えてきたんだよ。お金が問題ではない。何が問題か。その為には全部チャレンジ。航空・宇宙宣言を…。飛行技術を最後においてどのように占領するか。全部垂直に上がっていくヘリコプター技術だ。


2004年10月17日 イーストガーデンでの訓読会のみ言


アメリカも昨日盟誓したことを思い出さないと。走れ走れというみ言よりも、飛べ飛べというヘリコプター、飛行機、直線、直進上昇機械。神様の方向に上がっていく物なんだよ。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


御言における比喩的・象徴的表現に関しては、これまで他の文章で何度か触れていますが、この御言においても比喩的表現が用いられている事は説明するまでもないでしょう。
 

アメリカの国家よりも宗教よりも貴重で、文鮮明先生が数十年前から考え、アメリカで33年間投入したもの全てを引替えにしてまでも必要だとしている「垂直に上昇する飛行技術」とは、「心情の縦的8段階を垂直に上昇し神に至ることのできる方法」を比喩した表現以外の何者でもないでしょう。


これに付け加えれば、御言において「スペースエンジニアリング」という表現が、「ヘリコプター技術」と同じ文脈で用いられる事が多いのですが、「ロケット・ミサイル・人工衛星・惑星探査機などの設計・製作・運航に関する科学・技術。宇宙技術。(大辞林)」を意味するスペースエンジニアリングとヘリコプター技術とは、「垂直に上昇する飛行技術」という点で共通点があり、文鮮明先生はこの点に着目して同じ文脈で使用されていると考えられます。


さらに、スペースエンジニアリング(=宇宙工学)という表現には、宇宙に至る技術、すなわち大気圏を突破し、無重力の宇宙空間に至る技術、さらには、その宇宙空間で行われる諸活動が連想されますが、これは堕落圏を突破しサタンから「引かれる力」が無くなる状態、さらにそこでの本然の生活と対比する事ができるでしょう。


さて、上の御言で文鮮明先生は、「アメリカの国の一番貴重なもの」は宗教でも国家でもなく、「世界の一番名のあるヘリコプター工場の技術」だとされ、その「世界の一番名のあるヘリコプター工場の技術の全てをいかに韓国に動かしていくか、それが先生の夢」だと語られています。


メシヤである文鮮明先生の数十年来の夢が、アメリカ合衆国のヘリコプター技術を韓国に移転することであるはずがなく、これは象徴的・暗示的表現として理解すべき内容だと言えます。


ところで、「アメリカ」とは、善の天使長国家であり、善の天使長とはすなわち選民を意味していると解釈できます。また、「韓国」とはアダム国家であり、アダムはすなわちメシヤを意味しているとみることができます。


「ヘリコプター技術」とは、「垂直に上昇する飛行技術=心情の縦的8段階を垂直に上り神に至ることのできる方法」のことでした。


ですから、「アメリカにある世界最高のヘリコプター技術を韓国に移転する」とは、「選民圏のなかに保持されている神の心情に垂直に上昇して行く最高レベルの方法をメシヤと連結させる」というように理解することができます。


私たち第3イスラエル選民は、御言の訓読会を通して、神の心情に至る道筋を教えられているのですが、その選民の中で、御言を最高レベルで理解し、縦的8段階を垂直に上り神の心情に至る技術を最高の基準で掌握している群れを、メシヤと連結させることが文先生の数十年来、つまり文先生を迎える基台が崩壊して以来の夢であったと言うのです。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


2004年10月17日 イーストガーデンでの訓読会のみ言


シコルスキー工場を中心として、700の部品工場をアジアに動かして、アメリカの技術を移転していく。それを管理する主人が天使長世界、長子だろう。原理原則を中心として、先生は6ヶ月間それを収拾してきた。6ヶ月ではない、3月から始めて、8ヶ月。


戴冠式と時を合わせて、シコルスキー、全てのものを全て契約を終えたという驚くべき事実。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


▼ コメント


「シコルスキー工場を中心として、700の部品工場をアジアに動かして、アメリカの技術を移転していく」と御言では語られています。


繰り返しになりますが、シコルスキー工場の技術とは、「神に向かって垂直に上昇する最高レベルの技術」の比喩的表現であると見ることができました。さらに700という数字は、7000という数字を連想することができます。


これらを元にこの御言を読むならば、アメリカすなわち選民圏の中から、「神に向かって垂直に上昇する最高レベルの技術」を持った人物を中心として、バアルに屈しない7000人が集まり、アダム国家である韓国とエバ国家である日本を中心とするアジア圏、すなわち真の父母圏に連結されると読むことができるでしょう。


御言は、「それを管理する主人が天使長世界、長子だろう。」と続くのですが、シコルスキー工場と700の部品工場、すなわちエリヤとバアルに屈しない7000の群れは、アダムに対する天使長圏として、「神に向かい垂直に上昇する最高度の技術」を、メシヤを迎えるための準備として、管理しているのです。


最後に


上記において、「ヘリコプター技術」と言う表現の比喩的・暗示的意味を中心にして御言の内容を見てきたのですが、選民圏内において「垂直に上昇する最高の飛行技術」を保持している工場とは何を指すのか、またそれが連結されるべき「アダム=メシヤ」とは何を意味するのか、私たちは、「アメリカを去る」と繰り返し語られる文鮮明先生が提示された象徴的・暗示的表現の真意を理解し、摂理の御旨の方向性を正しく把握しなければならないのではないでしょうか。




メールマガジン MCI 通信




解ける喜び!分かる喜び!通じる喜び!

ムーンコード解読情報満載のメールマガジンです!

直前のページへ戻る

お名前*
メールアドレス*


powered by Quick Homepage Maker 5.0
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional